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'''大林寺'''(だいりんじ)は、愛知県岡崎市魚町にある浄土宗西山深草派の寺院です。山号は拾玉山、院号は阜光院。徳川家康の祖父・松平清康と父・松平広忠の墓があり、岡崎城下の松平氏ゆかりの寺として知られています<ref name="kanko">岡崎市観光協会「大林寺」</ref><ref name="wikipedia">Wikipedia「大林寺 (岡崎市)」(本記事作成時点の版。二次情報)</ref>。 | '''大林寺'''(だいりんじ)は、愛知県岡崎市魚町にある浄土宗西山深草派の寺院です。山号は拾玉山、院号は阜光院。徳川家康の祖父・松平清康と父・松平広忠の墓があり、岡崎城下の松平氏ゆかりの寺として知られています<ref name="kanko">岡崎市観光協会「大林寺」</ref><ref name="wikipedia">Wikipedia「大林寺 (岡崎市)」(本記事作成時点の版。二次情報)</ref>。 | ||
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2026年11月8日 (日) 09:23時点における最新版
大林寺(だいりんじ)は、愛知県岡崎市魚町にある浄土宗西山深草派の寺院です。山号は拾玉山、院号は阜光院。徳川家康の祖父・松平清康と父・松平広忠の墓があり、岡崎城下の松平氏ゆかりの寺として知られています[1][2]。

概要
- 所在地:愛知県岡崎市魚町1-6[1]
- 宗派:浄土宗西山深草派[2]
- 山号:拾玉山。院号:阜光院[2]
- 本尊:阿弥陀如来[2]
- 文化財:松平清康墓・松平広忠墓(岡崎市指定史跡、1962年6月15日指定)[3]
- 駐車場:あり[1]
年表
- 15世紀中頃 - 岡崎城主・松平氏によって明大寺町に建立[1]
- 1530年(享禄3年) - 松平清康が守りの拠点として、現在地(岡崎城の北)へ移設[1]
- 江戸時代 - 東西130間余、南北100間余の境内を持ち、東と南は城内、西は肴町(魚町)、北は木町(材木町)にまで及んだ[1]
- 1945年(昭和20年)7月20日 - 岡崎空襲により境内の大部分が焼失[2]
- 1962年(昭和37年)6月15日 - 松平清康墓・松平広忠墓が岡崎市の史跡に指定[3]
特徴・見どころ
松平清康・広忠の墓
境内には、松平清康(天文4年/1535年没)、松平広忠(天文18年/1549年没)、清康の夫人・春姫の墓があります。あわせて、松平氏が岡崎に入城する以前の岡崎城主だった西郷頼嗣・信貞の墓もあります[1]。清康・広忠の墓2基は市の史跡に指定されています[3]。
岡崎城下の立地
岡崎城の北、現在の魚町に位置し、江戸時代には城下の一画を占める広大な境内を持っていました。西の境が肴町(魚町)に接していたことが、現在の町名にもつながっています[1]。
アクセス
思い出・証言(未検証)
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