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葵博(あおいはく)は、1987年(昭和62年)に愛知県岡崎市で開かれた地方博覧会です。正式名称は岡崎市制70周年記念博覧会で、「葵博・岡崎'87」とも呼ばれました。1987年3月21日から5月17日までの58日間、岡崎市岡町の岡崎地域文化広場を主会場に開かれ、総合プロデューサーは手塚治虫が務めました[1][2]。
概要
- 正式名称:岡崎市制70周年記念博覧会[2]
- 愛称:葵博、葵博・岡崎'87[1]
- 会期:1987年(昭和62年)3月21日〜5月17日(58日間)[1][2]
- 主会場:岡崎地域文化広場(岡崎市岡町)。会場面積196,000平方メートル[1]
- 主催:岡崎市・岡崎商工会議所・岡崎市制70周年記念事業実行委員会[1]
- テーマ:「いま、未来へ—ふれあい・発見・創造」[2]
- 総合プロデューサー:手塚治虫[2]
- マスコット:ピーコ(岡崎市の鳥・ハクセキレイがモチーフ。手塚治虫がデザイン)[2]
- 入場者:1,409,000人。約180万人とする資料もあります[1][3]
年表
- 1987年(昭和62年)3月21日 - 岡崎市制70周年記念博覧会「葵博」が開幕[1]
- 1987年(昭和62年)5月17日 - 閉幕(58日間)[2]
- 会期中 - 岡崎公園から伊賀川堤防までの約180mの軌道で、リニアモーターカーHSST-03が展示走行[1][4]
- 2026年(令和8年) - 市制110周年のイメージキャラクターに、ピーコが再び採用される[2]
特徴
3つのテーマ館
主会場には、次の3つのテーマ館がつくられました[1]。
- 東照宮館 - 円形のパビリオン。内部に日光東照宮の10分の1スケールの精密な模型(五重塔や陽明門ほか)を展示[1]
- アイマックスシアター - スペースシャトルの内部や宇宙空間を撮影した映像を上映[1]
- 岡崎未来館 - 手塚治虫が岡崎市の未来を描いた館[1]
東照宮館の模型
東照宮館の模型は、15年の歳月と40人の宮大工によって制作されたものです。1958年にアメリカへ渡り、1964〜65年のニューヨーク博に出品、その後ハワイで保管されていたものが、約30年ぶりに里帰りしました。家康ゆかりの地である岡崎での公開となりました[1]。
会場の構成
企業や団体が参加する集合パビリオンがあり、伝統産業から最先端技術までさまざまな展示が行われました。メインゲートから「五万石城下町」「お祭広場」を通って主会場に入るという、従来とは異なる構成でした[1]。
リニアモーターカー
岡崎公園から伊賀川堤防まで、国道沿いにリニアモーターカーが走らされました。これがHSST-03で、博覧会の終了後も1990年まで運行が続けられました[1][4]。
思い出・証言(未検証)
この欄は、利用者の思い出・証言をもとに書かれています。 書籍・新聞・公式資料による裏付けは取れていません。事実として引用する際はご注意ください。裏付けとなる資料をご存じの方は、出典への追加をお願いします。
- (募集中)
未解決・情報募集
- 入場者数(1,409,000人と約180万人の2つの数字)の違い
- 集合パビリオンへの参加企業・団体の一覧
- 『葵博岡崎'87公式記録』(1987年)の所蔵先と内容
- 会場に通った思い出、ピーコのグッズ、パビリオンの記憶