「岡崎発祥のもの」の版間の差分
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岡崎市の八丁町・八帖町一帯(旧・八丁村)で造られてきた豆味噌です。[[岡崎城]]から西へ八丁(約870メートル)の距離にあることが名の由来とされます。大豆だけで大豆麹を造り、塩と水を加えて木桶に仕込み、職人が手で玉石を積み上げて重石とし、二夏二冬以上熟成させます。桶一杯の味噌は約6トン、積み上げる石の山は約3トンにもなります<ref name="miso">岡崎市観光協会「八丁味噌の産地」</ref>。 | 岡崎市の八丁町・八帖町一帯(旧・八丁村)で造られてきた豆味噌です。[[岡崎城]]から西へ八丁(約870メートル)の距離にあることが名の由来とされます。大豆だけで大豆麹を造り、塩と水を加えて木桶に仕込み、職人が手で玉石を積み上げて重石とし、二夏二冬以上熟成させます。桶一杯の味噌は約6トン、積み上げる石の山は約3トンにもなります<ref name="miso">岡崎市観光協会「八丁味噌の産地」</ref>。 | ||
八丁町では、[[まるや八丁味噌]](醸造業の創業1337年、味噌造りは江戸時代から)と[[カクキュー]](1645年創業)の2軒の蔵元が、旧東海道を挟んで向かい合って味噌づくりを続けています<ref name="miso"/>。八丁味噌の製法や蔵元の詳しい歴史は[[岡崎の名産品]]を参照してください。 | 八丁町では、[[まるや八丁味噌]](醸造業の創業1337年、味噌造りは江戸時代から)と[[カクキュー]](1645年創業)の2軒の蔵元が、旧東海道を挟んで向かい合って味噌づくりを続けています<ref name="miso"/>。八丁味噌の製法や蔵元の詳しい歴史は[[岡崎の名産品#八丁味噌|岡崎の名産品の「八丁味噌」]]を参照してください。 | ||
=== 岡崎まぜめん === | === 岡崎まぜめん === | ||
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=== 岡崎おうはん === | === 岡崎おうはん === | ||
2008年に独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場で開発された、純国産の卵肉兼用種です。岡崎生まれのブランド鶏として、肉と卵の両方で親しまれています<ref name="ohan">岡崎市観光協会「岡崎おうはん」</ref>。 | 2008年に独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場で開発された、純国産の卵肉兼用種です。岡崎生まれのブランド鶏として、肉と卵の両方で親しまれています<ref name="ohan">岡崎市観光協会「岡崎おうはん」</ref>。[[岡崎の名産品#農産と新しい特産|岡崎の名産品]]でも紹介しています。 | ||
=== 家康らぁめん === | === 家康らぁめん === | ||
2026年11月7日 (土) 22:22時点における最新版
岡崎発祥のもの(おかざきはっしょうのもの)は、岡崎市で生まれた食べ物・工芸品・産業・キャラクターの一覧です。八丁味噌や石工品のように産地として育ったもの、官営紡績所や省営バスのように岡崎で最初の一歩を踏み出したもの、岡崎まぜめんやオカザえもんのように近年生まれたものに分けて整理しています[1]。
食べ物
八丁味噌
岡崎市の八丁町・八帖町一帯(旧・八丁村)で造られてきた豆味噌です。岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の距離にあることが名の由来とされます。大豆だけで大豆麹を造り、塩と水を加えて木桶に仕込み、職人が手で玉石を積み上げて重石とし、二夏二冬以上熟成させます。桶一杯の味噌は約6トン、積み上げる石の山は約3トンにもなります[2]。
八丁町では、まるや八丁味噌(醸造業の創業1337年、味噌造りは江戸時代から)とカクキュー(1645年創業)の2軒の蔵元が、旧東海道を挟んで向かい合って味噌づくりを続けています[2]。八丁味噌の製法や蔵元の詳しい歴史は岡崎の名産品の「八丁味噌」を参照してください。
岡崎まぜめん
八丁味噌を使った岡崎のご当地グルメです。市内の飲食店の店主らが集まり、様々なジャンルや人が繋がることを「まざりあい」と称して始めたプロジェクトで、2012年(平成24年)11月にスタートしました。うどん、パスタ、中華麺など、ジャンルを問わず参加店がそれぞれの「まぜめん」を提供しています[3][4]。
もろこしうどん
岡崎市民のソウルフードと呼ばれるうどんです。とろみのある和風だしに溶き卵とコーンの甘さが絡み、トウモロコシのプチプチとした食感が特徴です。2021年2月の「あなたが選ぶ、おかざきめし総選挙」で第1位を獲得しました[5]。1970年代から岡崎市で食べられてきたとされます[6]。
岡崎おうはん
2008年に独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場で開発された、純国産の卵肉兼用種です。岡崎生まれのブランド鶏として、肉と卵の両方で親しまれています[7]。岡崎の名産品でも紹介しています。
家康らぁめん
岡崎のラーメン店8軒が、グレート家康公「葵」武将隊の武将8人とコラボして生み出した麺料理です。八丁味噌を使ったものなど、店ごとに異なる一杯を楽しめます[2]。
工芸品
岡崎石工品
室町時代後期に始まり、安土桃山時代の天正18年(1590年)に岡崎城主・田中吉政が河内・和泉から石工を招いて城下町を整備したことで発展しました。1979年(昭和54年)8月3日に伝統的工芸品に指定されています。現在は石工団地(上佐々木町)と石の公園団地(稲熊町)に工房が集まっています[8]。
三河仏壇
文献によれば、元禄17年(1704年)に仏壇師・庄八家が製造していたのが起源と伝えられます。矢作川の水運で得たマツ・スギ・ヒノキの良材と、猿投山麓の漆を使って作られたのが始まりです。幕末から明治にかけて岡崎を中心に産地が形成され、1976年(昭和51年)12月15日に伝統的工芸品に指定されました[9]。
三州岡崎和蝋燭
16世紀中頃、ハゼの実からとれる木ロウを原料に和蝋燭が造られるようになりました。岡崎でも仏壇・石工品とともに和蝋燭づくりが発展し、現在も伝統産業として受け継がれています[10]。
産業・技術
ガラ紡
明治時代、岡崎では水車を動力にしたガラ紡が広がりました。明治13年(1880年)には「滝井紡績同業組合」が結成され、地場産業の発達を促しました[1]。
官営愛知紡績所
明治14年(1881年)3月、日本初の官営紡績所とされる愛知紡績所が操業を開始しました。水車動力のガラ紡とあわせて、岡崎の近代化を進める力となりました[1]。
日本初の省営バス路線
昭和5年(1930年)12月、岡崎~多治見間に日本初の省営バス路線が開設されました[1]。
キャラクター
オカザえもん
2012年の現代美術展「岡崎アート&ジャズ 2012」に現代美術作家・斉と公平太が出展した作品から生まれた、岡崎市の非公式キャラクターです。2013年には岡崎アート広報大臣に委嘱され、現在は岡崎観光伝道師を務めています[11]。詳細はオカザえもんを参照。
注意
「発祥」の捉え方は資料によって異なります。古くから産地として栄えたもの(八丁味噌、石工品など)と、ある年にある場所で最初に始まった出来事(官営愛知紡績所、省営バスなど)は性質が異なるため、この記事では区別して整理しています。
思い出・証言(未検証)
- (募集中)
未解決・情報募集
- 八丁味噌の製造がいつ頃始まったかの一次資料
- もろこしうどんを最初に出した店と年代
- 岡崎おうはん開発前の在来鶏の記録
- それぞれの味や製品にまつわる思い出
出典・参考資料
関連項目
- 岡崎の名産品 ― 八丁味噌・銘菓・地酒など
- 岡崎石工品 ― 岡崎の伝統的工芸品
- 石工団地 / 石の公園団地 ― 石工の工房が集まる団地
- カクキュー / まるや八丁味噌 ― 八丁味噌の蔵元
- オカザえもん ― 岡崎生まれのキャラクター
- 岡崎城 ― 八丁味噌の名の由来にもなった城