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'''合名会社備前屋''' | '''合名会社備前屋'''(ごうめいがいしゃ びぜんや)は、愛知県岡崎市伝馬通にある和菓子メーカーです。1782年(天明2年)創業の老舗で、看板商品の「あわ雪」や「手風琴のしらべ」で知られます<ref name="wikipedia">[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99%E5%89%8D%E5%B1%8B Wikipedia「備前屋」]</ref><ref name="bizenya">[https://bizenya.co.jp/pages/bizenya-timeline 沿革|備前屋本店]</ref>。 | ||
[[File:備前屋本店.jpg|thumb|備前屋の本店(岡崎市伝馬通)]] | |||
== 概要 == | == 概要 == | ||
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* 代表商品:あわ雪、手風琴のしらべ、きさらぎ<ref name="bizenya"/> | * 代表商品:あわ雪、手風琴のしらべ、きさらぎ<ref name="bizenya"/> | ||
== | == 沿革 == | ||
* 1782年(天明2年) - 初代・備前屋藤右衛門が、三河国東海道岡崎宿伝馬に菓子舗を創業<ref name="bizenya"/> | |||
* 1800年(寛政12年) - 干菓子「きさらぎ」の販売開始<ref name="wikipedia"/> | |||
* 明治初頭 - 銘菓「あわ雪」発売<ref name="bizenya"/> | |||
* 1947年(昭和22年) - 店舗を再建し再開<ref name="bizenya"/> | |||
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創業時の店は、現在の本店から少し西の、通りの向かい側にあり、間口5間(約9メートル)だったと伝わります。本陣の御用も務める店だったとされます<ref>[https://www.zenkokumeika.com/column/1638/ あじわいアーカイブ「岡崎 No.213」|全国銘産菓子工業協同組合]</ref>。 | |||
屋号の「備前」は、江戸時代初期に岡崎城内にあった「備前曲輪」に由来すると言われます。備前曲輪は現在の康生通西2丁目近辺にあり、その名は徳川家康に仕えた伊奈忠次の官職「備前守」に由来します<ref name="wikipedia"/>。 | |||
== 商品 == | |||
[[File:備前屋の商品.jpg|thumb|店頭に並ぶ備前屋の商品]] | |||
=== あわ雪 === | |||
白双糖と寒天と卵白で作る、春の淡雪のような口溶けの菓子です。江戸時代、岡崎宿には茶屋が供する「あわ雪豆腐」という名物がありましたが、明治維新後に街道の往来が減って茶屋が閉じたため、それを惜しんだ3代目藤右衛門が、名物を菓子の形で残そうと創作しました<ref>[https://www.zenkokumeika.com/column/1746/ あわ雪 No.146|あじわいアーカイブ(全国銘産菓子工業協同組合)]</ref>。今も看板商品です。 | |||
=== 手風琴のしらべ === | |||
発酵バターの風味が効いたパイ生地でこしあんを包んだ和風パイで、パイ生地は144層とされます。1982年(昭和57年)、創業200年の年に発売されました。「手風琴」はアコーディオンの和名で、和洋折衷の菓子であることを示します。4個入以上の箱入りには紙風船が1個封入されています<ref name="jbc">[https://jbc-web.info/%E5%82%99%E5%89%8D%E5%B1%8B%E6%9C%AC%E5%BA%97/ 備前屋本店|JBC]</ref>。現在は同店の一番人気とされます<ref name="jbc"/>。 | |||
=== その他の商品 === | |||
* きさらぎ - うるち米を主原料とする干菓子。1800年(寛政12年)創製<ref name="jbc"/> | |||
* 八丁味噌の菓子 - [[カクキュー]]の八丁味噌を使った「八丁すいーとぽてと」「八丁味噌松風」「八丁味噌カステラ」など<ref name="jbc"/> | |||
== 思い出・証言(未検証) == | == 思い出・証言(未検証) == | ||
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== 未解決・情報募集 == | == 未解決・情報募集 == | ||
* | * あわ雪・手風琴のしらべの開発秘話の詳細 | ||
* 備前屋のお菓子の思い出 | * 備前屋のお菓子の思い出 | ||
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* [[岡崎まぜめん]] | * [[岡崎まぜめん]] | ||
* [[岡崎市の年中行事]] | * [[岡崎市の年中行事]] | ||
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2026年11月8日 (日) 18:05時点における最新版
合名会社備前屋(ごうめいがいしゃ びぜんや)は、愛知県岡崎市伝馬通にある和菓子メーカーです。1782年(天明2年)創業の老舗で、看板商品の「あわ雪」や「手風琴のしらべ」で知られます[1][2]。

概要
沿革
- 1782年(天明2年) - 初代・備前屋藤右衛門が、三河国東海道岡崎宿伝馬に菓子舗を創業[2]
- 1800年(寛政12年) - 干菓子「きさらぎ」の販売開始[1]
- 明治初頭 - 銘菓「あわ雪」発売[2]
- 1947年(昭和22年) - 店舗を再建し再開[2]
- 1952年(昭和27年) - 合名会社備前屋を設立[2]
- 1970年(昭和45年) - 本社工場を建設[2]
- 1982年(昭和57年) - 「手風琴のしらべ」発売[2]
- 1984年(昭和59年) - 本社及び本店を改築[2]
創業時の店は、現在の本店から少し西の、通りの向かい側にあり、間口5間(約9メートル)だったと伝わります。本陣の御用も務める店だったとされます[3]。
屋号の「備前」は、江戸時代初期に岡崎城内にあった「備前曲輪」に由来すると言われます。備前曲輪は現在の康生通西2丁目近辺にあり、その名は徳川家康に仕えた伊奈忠次の官職「備前守」に由来します[1]。
商品

あわ雪
白双糖と寒天と卵白で作る、春の淡雪のような口溶けの菓子です。江戸時代、岡崎宿には茶屋が供する「あわ雪豆腐」という名物がありましたが、明治維新後に街道の往来が減って茶屋が閉じたため、それを惜しんだ3代目藤右衛門が、名物を菓子の形で残そうと創作しました[4]。今も看板商品です。
手風琴のしらべ
発酵バターの風味が効いたパイ生地でこしあんを包んだ和風パイで、パイ生地は144層とされます。1982年(昭和57年)、創業200年の年に発売されました。「手風琴」はアコーディオンの和名で、和洋折衷の菓子であることを示します。4個入以上の箱入りには紙風船が1個封入されています[5]。現在は同店の一番人気とされます[5]。
その他の商品
思い出・証言(未検証)
この欄は、利用者の思い出・証言をもとに書かれています。 書籍・新聞・公式資料による裏付けは取れていません。事実として引用する際はご注意ください。裏付けとなる資料をご存じの方は、出典への追加をお願いします。
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