「岡崎の名産品」の版間の差分

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岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の八丁村(現在の八丁町・八帖町一帯)で造られてきた豆味噌。名の由来はこの距離とされる。
岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の八丁村(現在の八丁町・八帖町一帯)で造られてきた豆味噌。名の由来はこの距離とされる。
* 材料は大豆と塩と水だけ。大豆だけで豆麹を造り、木桶に仕込んで石の重石を積み、二夏二冬(2年以上)寝かせて熟成させる。水分が少なく、うまみが濃いのが特徴
* 材料は大豆と塩と水だけ。大豆だけで豆麹を造り、木桶に仕込んで石の重石を積み、二夏二冬(2年以上)寝かせて熟成させる。水分が少なく、うまみが濃いのが特徴
* 造り手は旧東海道を挟んで向かい合う2軒だけ。'''カクキュー'''(合資会社八丁味噌、1645年創業)と'''まるや八丁味噌'''(醸造業の創業は1337年、味噌造りは江戸時代から)
* 造り手は旧東海道を挟んで向かい合う2軒だけ。'''[[カクキュー]]'''(合資会社八丁味噌、1645年創業)と'''[[まるや八丁味噌]]'''(醸造業の創業は1337年、味噌造りは江戸時代から)
* 保存の利く味噌は戦国時代に三河武士の兵糧として重宝され、徳川家康も好んだと伝えられる。明治時代には宮内省御用達になった
* 保存の利く味噌は戦国時代に三河武士の兵糧として重宝され、徳川家康も好んだと伝えられる。明治時代には宮内省御用達になった
* カクキューの本社事務所と蔵は国の登録有形文化財。2022年には、両社の敷地が八帖町から分かれて正式に「八丁町」という町名になった
* カクキューの本社事務所と蔵は国の登録有形文化財。2022年には、両社の敷地が八帖町から分かれて正式に「八丁町」という町名になった