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旧本多忠次邸の料金表記を修正(入館は基本無料) |
東公園動物園のシンボルだったアジアゾウ「ふじ子」の記述を追加(2025年7月30日に57歳で死亡) |
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=== 東公園動物園 === | === 東公園動物園 === | ||
園内の動物園は1983年(昭和58年)5月1日にオープンしました。開園当時から入園は無料で、「世界家畜動物園構想」から誕生した動物園です。ニホンザル、ニホンジカ、リスザルなどの動物が飼育されています<ref name="tabimag">ニッポン旅マガジン「東公園・恐竜広場」</ref>。 | 園内の動物園は1983年(昭和58年)5月1日にオープンしました。開園当時から入園は無料で、「世界家畜動物園構想」から誕生した動物園です。ニホンザル、ニホンジカ、リスザルなどの動物が飼育されています<ref name="tabimag">ニッポン旅マガジン「東公園・恐竜広場」</ref>。 | ||
長年、動物園のシンボルだったのがアジアゾウの「ふじ子」です。1968年(昭和43年)4月10日にスリランカで生まれ、1982年(昭和57年)に広島県福山市の遊園地「赤坂遊園」から14歳で寄贈され、以来43年にわたり市民に愛されました。ベルトコンベアを使ったエサやり体験が名物でした<ref>[https://www.tokai-tv.com/tokainews/feature/article_20250801_41655 43年の長きにわたり愛される…岡崎市東公園動物園のゾウ「ふじ子」が天国へ(東海テレビNEWS、2025年8月1日)]</ref>。10年ほど前から足腰が弱り、2025年(令和7年)7月30日、高齢のため57歳で死亡しました(国内のアジアゾウでは4番目に高齢でした)。死後1か月間の献花には約1万8000人が訪れました。現在、ふじ子が過ごしたゾウ舎では岡崎城西高等学校の美術部が制作した「等身大ふじ子像」が展示されているほか、市はふじ子の全身骨格標本の製作プロジェクトを進めています<ref>[https://www.city.okazaki.lg.jp/zoo/tanosimu/1013175/1016052.html 「等身大ふじ子像」を展示しています(岡崎市)]</ref><ref>[https://www.city.okazaki.lg.jp/zoo/1014271/1013943.html アジアゾウ「ふじ子」の全身骨格標本製作プロジェクト(岡崎市)]</ref>。 | |||
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* 1983年(昭和58年)5月1日 - 東公園動物園がオープン<ref name="tabimag"/> | * 1983年(昭和58年)5月1日 - 東公園動物園がオープン<ref name="tabimag"/> | ||
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* 2025年(令和7年)7月30日 - アジアゾウのふじ子が57歳で死亡 | |||
* 岡崎観光きらり百選に選定<ref name="wikipedia"/> | * 岡崎観光きらり百選に選定<ref name="wikipedia"/> | ||
2026年11月8日 (日) 18:28時点における版
東公園(ひがしこうえん)は、愛知県岡崎市欠町にある都市公園(総合公園)です。1928年(昭和3年)4月に開園しました。動物園、約1500本のモミジ、巨大な恐竜モニュメントなどがあり、入園は無料です(旧本多忠次邸も入館無料。特別展は有料の場合あり)[1][2]。

概要
- 所在地:愛知県岡崎市欠町大山田1番地[1]
- 電話:0564-24-0050[1]
- 開園:1928年(昭和3年)4月[2]
- 面積:約26.9ヘクタール[3]
- 料金:無料(旧本多忠次邸も入館無料。特別展は有料の場合あり)[1]
- 駐車場:無料、約400台[1]
- アクセス:名鉄東岡崎駅から名鉄バス「東公園口」下車、徒歩約3分[1]
見どころ
東公園動物園
園内の動物園は1983年(昭和58年)5月1日にオープンしました。開園当時から入園は無料で、「世界家畜動物園構想」から誕生した動物園です。ニホンザル、ニホンジカ、リスザルなどの動物が飼育されています[4]。
長年、動物園のシンボルだったのがアジアゾウの「ふじ子」です。1968年(昭和43年)4月10日にスリランカで生まれ、1982年(昭和57年)に広島県福山市の遊園地「赤坂遊園」から14歳で寄贈され、以来43年にわたり市民に愛されました。ベルトコンベアを使ったエサやり体験が名物でした[5]。10年ほど前から足腰が弱り、2025年(令和7年)7月30日、高齢のため57歳で死亡しました(国内のアジアゾウでは4番目に高齢でした)。死後1か月間の献花には約1万8000人が訪れました。現在、ふじ子が過ごしたゾウ舎では岡崎城西高等学校の美術部が制作した「等身大ふじ子像」が展示されているほか、市はふじ子の全身骨格標本の製作プロジェクトを進めています[6][7]。
恐竜広場
2015年(平成27年)3月に公開された巨大な恐竜モニュメントがあり、子どもたちに人気です[1]。
紅葉
園内には約1500本のモミジが植えられており、市内屈指の紅葉スポットとして知られます。池周辺では紅葉のライトアップも行われます[1]。
四季の花
春はサクラ、初夏はハナショウブやアジサイ、秋は紅葉が楽しめます[2]。園内の池は、もともと灌漑用の溜池として使われていたものです[2]。
文化施設
洋風スパニッシュ建築の旧本多忠次邸(入館無料)や、本多光太郎博士の資料館などがあります。ウォーキングコース、展望台、野鳥観察などの楽しみ方もあります[1]。
あゆみ
- 1928年(昭和3年)4月 - 開園[2]
- 1983年(昭和58年)5月1日 - 東公園動物園がオープン[4]
- 2015年(平成27年)3月 - 恐竜モニュメントを公開[1]
- 2025年(令和7年)7月30日 - アジアゾウのふじ子が57歳で死亡
- 岡崎観光きらり百選に選定[2]
思い出・証言(未検証)
- (募集中)
未解決・情報募集
- 開園当初の公園の姿と、動物園ができる前の使われ方
- 恐竜モニュメントの制作経緯
- 動物園や紅葉、池の思い出