菅生神社

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菅生神社(すごうじんじゃ)は、愛知県岡崎市康生町にある神社です。岡崎十二社の第十二番札所で、岡崎市最古の神社とされています。菅生祭の花火は江戸時代から続き、現在の岡崎城下家康公夏まつり花火大会にもつながっています[1]。

概要

  • 所在地:愛知県岡崎市康生町630-1[1]
  • 電話:0564-23-2506[1]
  • 駐車場:岡崎城公園駐車場(有料)[1]
  • 祭神:天照皇大御神、豊受姫命、須佐之男命、菅原道真公、徳川家康公[1]
  • 創建:110年[1]

由緒・歴史

菅生の地を通過した際、高岩(現・菅生町、岡崎信用金庫本店南側の満性寺あたり)で矢を作り、神風で一矢を吹き流して伊勢大神(天照大神)を勧請したことが起源と伝わります。この言い伝えから、岡崎市最古の神社とされています[1]。

  • 神亀2年(724年) - 御神託により京都伏見から稲荷大明神を迎え、吹矢大明神に合祀。社地を亀井戸の地(現・六地蔵町1丁目)へ移す[1]
  • 永正14年(1517年) - 菅生川の洪水で額田郡宮崎から牛頭天王が高石の地に漂着し、翌年に社殿を造営して「菅生天王宮」と称す[1]
  • 永禄9年(1566年) - 家康公25歳の時、厄除け・開運の祈願のため社殿を再建[1]
  • 天正19年(1591年) - 城主・田中吉政が城郭拡張のため社領を没収し、殿橋東側の地へ移転[1]
  • 寛永15年(1638年) - 城主・本多忠利が本殿を修復し、明神型石鳥居を寄進[1]
  • 明治元年(1868年) - 「菅生神社」と改称[1]
  • 明治34年(1901年) - 現在の本殿を建造[1]

旧岡崎十二社には、菅生稲荷大明神(現・開運稲荷大明神)、菅生天王社、菅生八幡宮の3社が数えられていたことから、武士から庶民まで幅広く信仰を集めたことが分かります[1]。

主な祭事

時期 祭事
1月1日 歳旦祭
2月3日 節分祭
2月17日 祈年祭
3月21日 春季慰霊祭
4月第1日曜日 春季開運稲荷大祭
6月30日 輪くぐり祭(大祓式)
7月19日 菅生祭例大祭
8月第1土曜日 菅生祭鉾船神事・奉納花火(花火大会と共催)
9月23日 秋季慰霊祭
11月 七五三詣り
11月15日 秋季開運稲荷大祭
11月23日 新嘗祭

毎月15日には月次祭が行われます[1]。

※月別行事カレンダーには8月19日宵宮祭・20日例大祭とありますが、神社の公式な祭事一覧では7月19日が例大祭、8月第1土曜が鉾船神事・奉納花火です。日程の変遷については未解決欄に残します[2]。

見どころ

  • 明神型石鳥居 - 寛永15年(1638年)に本多忠利が寄進。岡崎市指定文化財[1]
  • 大楠 - 昭和20年(1945年)の岡崎空襲で境内に落ちた焼夷弾から本殿を護ったと伝わり、「パワーの木」として親しまれています[1]
  • むくろじの木 - 「無患子」(患いのない子)と書く縁起のよい植物で、実の入ったお守りもあります[1]
  • ハート型の石 - 境内整備の際に掘り起こされた石[1]
  • 内藤ルネのイラスト入りハート型絵馬[1]

思い出・証言(未検証)

この欄は、利用者の思い出・証言をもとに書かれています。 書籍・新聞・公式資料による裏付けは取れていません。事実として引用する際はご注意ください。裏付けとなる資料をご存じの方は、出典への追加をお願いします。
  • (募集中)

未解決・情報募集

  • 菅生祭の日程が7月19日・8月第1土曜・8月19〜20日と伝わる経緯
  • 旧本殿(慰霊社)の建立年代
  • 菅生祭・花火の思い出

出典・参考資料

  1. ↑ 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 1.17 1.18 1.19 1.20 岡崎市観光協会「第十二番礼所 菅生神社」
  2. ↑ 岡崎市観光協会「月別行事カレンダー」

外部リンク