松應寺
松應寺(しょうおうじ)は、愛知県岡崎市松本町にある浄土宗の寺院です。徳川家康が父・松平広忠の菩提のために創建した寺で、広忠の御廟所には歴代将軍が参詣しました。門前の「松應寺横丁」とあわせて、近年は観光・散策の名所になっています[1][2]。
概要
年表
特徴・見どころ
寺号の由来
家康は、手植えの松が緑深く伸びたことと、人質の身から城主として三河に戻れたことを喜び、「我が祈念に応ずる松なり」として寺号を松應寺と名付けました[1]。
松平広忠公御廟所
広忠の菩提を弔う御廟所で、家康だけでなく、秀忠・家光など歴代将軍が参詣しました。国内有数の格式と規模を誇り、史跡として岡崎市文化財に指定されています。3年をかけた修復が2022年5月に完成し、昔日の荘厳さを取り戻しました[1]。
松應寺横丁
境内一帯は昭和の時代まで花街として栄えましたが、近年は空き家が増えていました。かつての賑わいを取り戻そうと「松應寺横丁街づくり協議会」が発足し、飲食店などが増えています。地元の人が不定期に開く「にぎわい市」も行われています[1]。
太子堂と花
横丁にある聖徳太子を祀る太子堂は、1945年(昭和20年)の岡崎空襲の際に焼け残った建物です。毎月22日のお太子様命日に御開帳され、天井絵を拝観できます[1]。境内には早咲きの白藤があり、4月いっぱい楽しめます[1]。
アクセス
思い出・証言(未検証)
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- (募集中)
未解決・情報募集
- 開創以前の月光庵の姿と、寺が建立された経緯の一次資料
- 花街だったころの松應寺横丁の写真・思い出
- 岡崎空襲で焼け残った建物の記録(太子堂以外)