旧本多忠次邸(きゅうほんだただつぐてい)は、愛知県岡崎市欠町の東公園内にある建築物です。スパニッシュ様式を基調とした邸宅で、国の登録有形文化財(登録名称「旧本多家住宅主屋」)に登録されています[1][2]。

旧本多忠次邸(CC BY-SA 4.0、Asturio Cantabrio)

概要

  • 所在地:愛知県岡崎市欠町字足延40-1(東公園内)[2]
  • 建築:1932年(昭和7年)、東京・世田谷の約7,100平方メートルの敷地に建てられた住宅と壁泉の一部を移築・復原[2]
  • 様式:スパニッシュ様式[1]
  • 指定:国の登録有形文化財[2]

建築の由来

旧本多忠次邸は、本多忠次(1896〜1999年)が建てた住宅です。忠次は、徳川家康の四天王の一人・本多忠勝を始祖とする旧岡崎藩主本多家の子孫にあたります[2]。

忠次の父・本多家17代の忠敬は、宮内省式部官や貴族院議員を歴任する一方、岡崎の城址公園整備や教育振興に貢献した人物でした。忠次は学習院を経て、1932年に東京・世田谷に邸宅を構えました[1]。

見どころ

  • スパニッシュ様式の外観と壁泉[1]
  • 当時のままの家具やステンドグラスなどの調度品を常設展示[1]
  • 東公園の一角にあり、動物園や桜とあわせて見学できます[1]

アクセス

  • 名鉄東岡崎駅からバス「東公園口」下車徒歩3分[2]
  • 東名高速道路 岡崎インターから約5分(1km)[2]

思い出・証言(未検証)

この欄は、利用者の思い出・証言をもとに書かれています。 書籍・新聞・公式資料による裏付けは取れていません。事実として引用する際はご注意ください。裏付けとなる資料をご存じの方は、出典への追加をお願いします。
  • (募集中)

未解決・情報募集

  • 世田谷の旧邸宅の全体像と移築の経緯
  • 忠次夫妻の暮らしぶり
  • 見学の思い出

出典

  1. ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 岡崎市観光協会「旧本多忠次邸」
  2. ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 2.6 岡崎市「旧本多忠次邸施設概要」

関連項目