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「岡崎市」の版間の差分

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行政に歴代市長の表と市議会(定数・議長・会派別議員名簿)を追加
 
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'''岡崎市'''(おかざきし)は、愛知県の西三河に位置する市。中核市に指定されている。矢作川下流の岡崎平野を中心とし、徳川家康の生誕地・[[岡崎城]]の城下町として知られる。オカペディアは、この岡崎市に特化した地域百科事典である。
'''岡崎市'''(おかざきし)は、愛知県の西三河に位置する市。中核市および中枢中核都市に指定されている。矢作川下流の岡崎平野を中心とし、徳川家康の生誕地・[[岡崎城]]の城下町として、また八丁味噌の発祥地として知られる。オカペディアは、この岡崎市に特化した地域百科事典である。


[[File:岡崎市街と乙川.jpg|thumb|320px|岡崎市街と乙川]]
[[File:岡崎市街と乙川.jpg|thumb|320px|岡崎市街と乙川]]
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* 面積は387.20平方キロメートルで、豊田市・新城市に次ぐ県内3位の広さ
* 面積は387.20平方キロメートルで、豊田市・新城市に次ぐ県内3位の広さ
* 人口は約38万人(2020年国勢調査では384,654人)で、県内では名古屋市・豊田市に次ぐ規模
* 人口は約38万人(2020年国勢調査では384,654人)で、県内では名古屋市・豊田市に次ぐ規模
* 市の花は藤([[岡崎城公園]]の五万石藤が知られる)
* 名古屋市から約35キロメートルに位置し、中京圏(名古屋都市圏)に属する。自動車関連の工場が集まる一方、名古屋への通勤圏でもあり、昼夜間人口比率は93.9%と、ベッドタウン・衛星都市の性格を持つ
* 研究教育施設や史跡が多く、市の規模に比べて文教都市の色が濃い
* 市の花は藤と桜。藤は[[岡崎城公園]]の五万石藤が知られる
 
== 地理 ==
愛知県の中央部にあり、美濃三河高原と岡崎平野の接点に位置する。矢作川が市内を南北に流れ、[[乙川]]・男川・巴川など市内を流れる河川(約20本)は、いずれも矢作川の支流である。中心市街は矢作川とその支流がつくった沖積平野(岡崎平野)に広がり、東部は本宮山を最高峰とする山地で、市域の約6割を森林が占める。南部の桑谷山周辺は三河湾国定公園に、東部の本宮山・巴山周辺は本宮山県立自然公園に指定されている。
 
気候は太平洋側気候で、平野部は温暖で、冬でも雪が降ることはほとんどない。年平均気温は15.5℃、年間降水量は1,507.6ミリメートル(いずれも1991〜2020年の平年値)。
 
隣接する自治体は、豊川市、豊田市、安城市、西尾市、蒲郡市、新城市、額田郡幸田町である。
 
== 歴史 ==
矢作川や乙川の流域には旧石器時代から人が住んでいた。六名の[[真宮遺跡]]は、縄文時代から鎌倉時代までの遺構や土器が多く出土した複合遺跡で、国の史跡に指定されている。6世紀には、物部守屋の子・真福の発願によって[[真福寺]]が築かれたと伝わり、三河最古級の寺院とされる。
 
鎌倉時代には鎌倉街道沿いの矢作東宿(矢作宿)が栄え、[[滝山寺]]は鎌倉幕府の庇護を受けた。室町時代には西郷氏が龍頭山(現在の岡崎城の地)に城を築いた。
 
戦国時代には松平氏の本拠となった。1524年(大永4年)に松平清康が岡崎を攻略し、1531年(享禄4年)には岡崎城を整備した。1542年(天文11年)には、岡崎城で松平元康(後の徳川家康)が生まれた。桶狭間の戦い(1560年)の後、元康は岡崎城に戻って今川氏から独立し、やがて徳川家康と改名した。1570年(元亀元年)に家康の拠点は浜松城へ移ったが、岡崎城は長男の松平信康が城主を務めるなど、引き続き重要な城であり続けた。
 
1590年(天正18年)に豊臣家の田中吉政が岡崎城主となると、城は石垣や城壁を備えた近世城郭に整備され、郊外を通っていた東海道が城下町の中心を通るようになった。江戸時代は岡崎藩の城下町であり、東海道五十三次の「岡崎宿」として栄えた。
 
明治に入り、廃藩置県の際には一時、額田県が置かれ、その県庁所在地となって岡崎城が庁舎に使われた。その後、岡崎は愛知県に編入された。1889年(明治22年)の町村制施行で岡崎町となり、1916年(大正5年)に市制を施行した。


== 沿革 ==
== 沿革 ==
* 1542年(天文11年):岡崎城で松平元康(徳川家康)が誕生
* 1590年(天正18年):田中吉政が岡崎城と城下町を整備し、東海道を城下町の中心へ移した
* 1871年(明治4年):廃藩置県により額田県が置かれ、県庁が岡崎城に置かれた(一時)。のち愛知県に編入
* 1889年(明治22年):町村制の施行により岡崎町が成立
* 1916年(大正5年)7月1日:市制を施行(全国で67番目、県下3番目)。当時の面積は19.68平方キロメートル、人口は37,639人だった
* 1916年(大正5年)7月1日:市制を施行(全国で67番目、県下3番目)。当時の面積は19.68平方キロメートル、人口は37,639人だった
* 1945年(昭和20年)7月:空襲により市街地の大半が焼失。その後、復興により近代都市へ生まれ変わった
* 1945年(昭和20年)7月:空襲により市街地の大半が焼失。その後、復興により近代都市へ生まれ変わった
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<!-- 人口データの登録(Cargo テーブル CityPopulation)。表示は上の表に自動で出ます。数値を直すときはここも直してください。 -->{{人口データ行|岡崎市|1980|262372}}{{人口データ行|岡崎市|1985|284996}}{{人口データ行|岡崎市|1990|306822}}{{人口データ行|岡崎市|1995|322621}}{{人口データ行|岡崎市|2000|336583}}{{人口データ行|岡崎市|2005|354704}}{{人口データ行|岡崎市|2010|372357}}{{人口データ行|岡崎市|2015|381051}}{{人口データ行|岡崎市|2020|384654}}
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2020年(令和2年)国勢調査の年齢構成は、15歳未満が54,174人(14.1%)、15〜64歳が234,846人(61.1%)、65歳以上が89,678人(23.3%)で、高齢化率(65歳以上の割合)は23.3%だった。なお、総数には年齢不詳の5,956人が含まれる。人口は平野部に集中し、市域の約4割を占める山間部の額田地区(旧額田町)の人口は1万人に満たない。
== 行政 ==
市役所は十王町2丁目9番地にある。2003年(平成15年)に中核市へ移行し、中枢中核都市にも指定されている。
=== 市長 ===
現在の市長は内田康宏(2024年10月21日就任、通算3期目)。戦前の市長は市会の推薦によって内務大臣が任命する官選で、1947年(昭和22年)の竹内京治から公選となった。
{| class="wikitable"
! 代 !! 氏名 !! 就任 !! 退任 !! 備考
|-
| 1 || 千賀又市 || 1916年10月14日 || 1918年7月12日 || 在職中に死去
|-
| 2〜4 || 本多敏樹 || 1918年12月17日 || 1930年12月5日 ||
|-
| 5 || 小野庄造 || 1930年12月12日 || 1931年12月8日 || 辞職
|-
| 6 || 小瀧喜七郎 || 1933年1月16日 || 1935年11月23日 || 辞職
|-
| 7〜9 || 菅野経三郎 || 1935年12月23日 || 1946年11月1日 || 辞職
|-
| 10〜12 || 竹内京治 || 1947年4月5日 || 1959年4月29日 ||
|-
| 13〜15 || 太田光二 || 1959年5月2日 || 1971年5月1日 ||
|-
| 16〜18 || 内田喜久 || 1971年5月2日 || 1980年6月30日 || 辞職
|-
| 19〜23 || 中根鎭夫 || 1980年8月17日 || 2000年8月16日 ||
|-
| 24〜26 || 柴田紘一 || 2000年9月10日 || 2012年10月4日 ||
|-
| 27〜28 || 内田康宏 || 2012年10月21日 || 2020年10月20日 ||
|-
| 29 || 中根康浩 || 2020年10月21日 || 2024年10月20日 ||
|-
| 30 || 内田康宏 || 2024年10月21日 || (現職) ||
|}
最長は中根鎭夫の5期20年(1980〜2000年)。内田康宏は2020年にいったん退任し、2024年に返り咲いた。
=== 市議会 ===
議員定数は37人で、現在の議員は2024年(令和6年)10月の選挙で選ばれた。議長は荻野秀範、副議長は畑尻宣長(いずれも2025年11月14日就任し、慣例により会派を離脱している)。会派別の構成と所属議員は次の通り(2025年11月14日現在、岡崎市議会公式名簿による)。
* 自民清風会(16人):野々山雄一郎、磯部亮次、酒井正一、前田麗子、神谷茂樹、加藤史朗、加藤義幸、金山直樹、杉浦久直、鈴木静男、田口正夫、中根武彦、野本篤、蜂須賀一郎、三浦康宏、簗瀬太
* 民政クラブ(8人):柴田敏光、原紀彦、井町圭孝、加藤嘉哉、鈴木英樹、白井正樹、佐藤哲朗、瀬戸清太郎
* 公明党(3人):野島さつき、土谷直樹、山村栄
* チャレンジ岡崎(3人):杉山智騎、小田高之、福田澄代
* 無所属(7人):荻野秀範(議長)、畑尻宣長(副議長)、伊藤正義、大原昌幸、鈴木雅子、中根善明、本多勝
== 市のシンボル ==
* 市章(1962年4月1日制定):外まわりに竜の爪が宝珠をつかんだ形を配し、その中に「岡」の字を図案化したもの
* 市の木:みかわくろまつ(1971年12月21日選定。市民の投票で決まったもので、西三河に多いクロマツをたたえた名)
* 市の花:ふじ(1970年6月2日選定。岡崎城公園の「五万石ふじ」が有名)/さくら(2016年7月1日、市制施行100周年を機に追加。岡崎城公園は「さくらの名所100選」に選ばれている)
* 市の鳥:ハクセキレイ(1975年3月27日選定。おもに水辺で暮らす鳥で、矢作川や乙川でよく姿を見ることができる)
* 市歌:北原白秋作詞、山田耕筰作曲
== 姉妹都市・友好都市 ==
* ウッデバラ市(スウェーデン王国ヴェストラ・イェータランド県):1968年9月17日に姉妹都市提携。花崗岩の産地という共通点が縁となった
* ニューポートビーチ市(アメリカ合衆国カリフォルニア州):1984年11月27日に姉妹都市提携
* 呼和浩特市(中華人民共和国・内モンゴル自治区):友好都市
== 産業 ==
中京工業地帯の一角にあり、三菱自動車工業やアイシン(トヨタグループ)をはじめ自動車関連の工場が集まっている。マキタなど、市内に本社を置く企業も多い(市内の主な企業は[[岡崎市の企業]]を参照)。
伝統産業では、岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の八丁町で作られてきた八丁味噌([[カクキュー]]、[[合資会社八丁味噌]])が全国に知られる。ほかに石製品(「石都岡崎」)、花火、三河仏壇などが知られる。平野部では稲作を中心とする農業が、市域の約6割を占める森林では林業も営まれている。
== 交通 ==
鉄道は3路線・16駅がある。JR東海道本線の[[岡崎駅]]、名鉄名古屋本線の[[東岡崎駅]]などが玄関口で、市街の中心部に近いのは東岡崎駅、岡崎駅は中心部からやや離れた場所にある。豊田市方面へは[[愛知環状鉄道線]]が結んでいる。
道路は、東名高速道路の岡崎インターチェンジと新東名高速道路の岡崎東インターチェンジがあり、国道1号が東西に、国道248号と国道473号が南北に通る。
== 教育・研究 ==
明大寺地区には、大学共同利用機関法人・自然科学研究機構の分子科学研究所、基礎生物学研究所、生理学研究所があり、研究学園都市の一面を持つ。市内の大学・学校については[[岡崎の大学一覧]]、[[岡崎の小学校一覧]]、[[岡崎の中学校一覧]]、[[岡崎の高等学校一覧]]を参照。
== 観光・文化 ==
[[岡崎城]]と[[岡崎城公園]]を中心に、[[大樹寺]]、[[滝山寺]]、[[六所神社]]、[[伊賀八幡宮]]、[[真福寺]]、[[真宮遺跡]]などの史跡・寺社が市内各地にある。施設では[[岡崎市美術博物館]]、[[岡崎中央総合公園]]、[[東公園]]などがある。
祭りや行事では、春の[[家康公行列]]、夏の[[岡崎城下家康公夏まつり花火大会]]、[[菅生神社]]の菅生祭などが知られる(年間の行事は[[岡崎市の年中行事]]を参照)。


== 主な記事 ==
== 主な記事 ==
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== 未解決・情報募集 ==
== 未解決・情報募集 ==
* 市の木・市の鳥など、市のシンボルの一覧と制定の経緯
* 姉妹都市・友好都市の提携の歴史
* 町名の変遷(住居表示の実施史)
* 町名の変遷(住居表示の実施史)
* 2025年(令和7年)国勢調査の確定値が出たら、人口の推移の表に反映する


== 出典 ==
== 出典 ==
* 岡崎市「岡崎市の概要」ほか市公式資料 https://www.city.okazaki.lg.jp/
* 岡崎市「岡崎市の概要」ほか市公式資料 https://www.city.okazaki.lg.jp/
* Wikipedia「岡崎市」(面積・人口・中核市移行・額田町編入、CC BY-SA) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E5%B8%82
* 岡崎市公式「市の木・花・鳥」 https://www.city.okazaki.lg.jp/shisei/introduction/1005797/1005802.html
<!-- 人口データ(Cargo)の再登録用に更新 2026-11-08 -->
* 岡崎市公式「都市交流(姉妹都市・友好都市)」 https://www.city.okazaki.lg.jp/shisei/introduction/1006173/index.html
* 岡崎市議会「議員名簿(会派別)(令和7年11月14日現在)」 https://www.city.okazaki.lg.jp/shigikai/meibo/1009848.html
* Wikipedia「岡崎市」(地形・気候・歴史・市章・姉妹都市ほか、CC BY-SA) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E5%B8%82

2026年11月8日 (日) 21:17時点における最新版

岡崎市(おかざきし)は、愛知県の西三河に位置する市。中核市および中枢中核都市に指定されている。矢作川下流の岡崎平野を中心とし、徳川家康の生誕地・岡崎城の城下町として、また八丁味噌の発祥地として知られる。オカペディアは、この岡崎市に特化した地域百科事典である。

岡崎市街と乙川

概要

  • 面積は387.20平方キロメートルで、豊田市・新城市に次ぐ県内3位の広さ
  • 人口は約38万人(2020年国勢調査では384,654人)で、県内では名古屋市・豊田市に次ぐ規模
  • 名古屋市から約35キロメートルに位置し、中京圏(名古屋都市圏)に属する。自動車関連の工場が集まる一方、名古屋への通勤圏でもあり、昼夜間人口比率は93.9%と、ベッドタウン・衛星都市の性格を持つ
  • 研究教育施設や史跡が多く、市の規模に比べて文教都市の色が濃い
  • 市の花は藤と桜。藤は岡崎城公園の五万石藤が知られる

地理

愛知県の中央部にあり、美濃三河高原と岡崎平野の接点に位置する。矢作川が市内を南北に流れ、乙川・男川・巴川など市内を流れる河川(約20本)は、いずれも矢作川の支流である。中心市街は矢作川とその支流がつくった沖積平野(岡崎平野)に広がり、東部は本宮山を最高峰とする山地で、市域の約6割を森林が占める。南部の桑谷山周辺は三河湾国定公園に、東部の本宮山・巴山周辺は本宮山県立自然公園に指定されている。

気候は太平洋側気候で、平野部は温暖で、冬でも雪が降ることはほとんどない。年平均気温は15.5℃、年間降水量は1,507.6ミリメートル(いずれも1991〜2020年の平年値)。

隣接する自治体は、豊川市、豊田市、安城市、西尾市、蒲郡市、新城市、額田郡幸田町である。

歴史

矢作川や乙川の流域には旧石器時代から人が住んでいた。六名の真宮遺跡は、縄文時代から鎌倉時代までの遺構や土器が多く出土した複合遺跡で、国の史跡に指定されている。6世紀には、物部守屋の子・真福の発願によって真福寺が築かれたと伝わり、三河最古級の寺院とされる。

鎌倉時代には鎌倉街道沿いの矢作東宿(矢作宿)が栄え、滝山寺は鎌倉幕府の庇護を受けた。室町時代には西郷氏が龍頭山(現在の岡崎城の地)に城を築いた。

戦国時代には松平氏の本拠となった。1524年(大永4年)に松平清康が岡崎を攻略し、1531年(享禄4年)には岡崎城を整備した。1542年(天文11年)には、岡崎城で松平元康(後の徳川家康)が生まれた。桶狭間の戦い(1560年)の後、元康は岡崎城に戻って今川氏から独立し、やがて徳川家康と改名した。1570年(元亀元年)に家康の拠点は浜松城へ移ったが、岡崎城は長男の松平信康が城主を務めるなど、引き続き重要な城であり続けた。

1590年(天正18年)に豊臣家の田中吉政が岡崎城主となると、城は石垣や城壁を備えた近世城郭に整備され、郊外を通っていた東海道が城下町の中心を通るようになった。江戸時代は岡崎藩の城下町であり、東海道五十三次の「岡崎宿」として栄えた。

明治に入り、廃藩置県の際には一時、額田県が置かれ、その県庁所在地となって岡崎城が庁舎に使われた。その後、岡崎は愛知県に編入された。1889年(明治22年)の町村制施行で岡崎町となり、1916年(大正5年)に市制を施行した。

沿革

  • 1542年(天文11年):岡崎城で松平元康(徳川家康)が誕生
  • 1590年(天正18年):田中吉政が岡崎城と城下町を整備し、東海道を城下町の中心へ移した
  • 1871年(明治4年):廃藩置県により額田県が置かれ、県庁が岡崎城に置かれた(一時)。のち愛知県に編入
  • 1889年(明治22年):町村制の施行により岡崎町が成立
  • 1916年(大正5年)7月1日:市制を施行(全国で67番目、県下3番目)。当時の面積は19.68平方キロメートル、人口は37,639人だった
  • 1945年(昭和20年)7月:空襲により市街地の大半が焼失。その後、復興により近代都市へ生まれ変わった
  • 1955年(昭和30年):昭和の大合併で3町6村を編入
  • 1962年(昭和37年):六ツ美町を編入し、面積は約227平方キロメートルに
  • 2003年(平成15年)4月1日:中核市へ移行(全国31番目)
  • 2006年(平成18年)1月1日:額田郡額田町を編入し、現在の市域となった

人口の推移

岡崎市の人口は、国勢調査のたびに増え続けてきた。1980年(昭和55年)に26万人台だった人口は、2020年(令和2年)には384,654人になった。なお、2006年(平成18年)に額田町を編入したため、2005年から2010年にかけての増加には、合併による分も含まれている。

調査年 人口(人)
1980 262,372
1985 284,996
1990 306,822
1995 322,621
2000 336,583
2005 354,704
2010 372,357
2015 381,051
2020 384,654

出典:総務省統計局「国勢調査」時系列データ(政府統計の総合窓口 e-Stat)


2020年(令和2年)国勢調査の年齢構成は、15歳未満が54,174人(14.1%)、15〜64歳が234,846人(61.1%)、65歳以上が89,678人(23.3%)で、高齢化率(65歳以上の割合)は23.3%だった。なお、総数には年齢不詳の5,956人が含まれる。人口は平野部に集中し、市域の約4割を占める山間部の額田地区(旧額田町)の人口は1万人に満たない。

行政

市役所は十王町2丁目9番地にある。2003年(平成15年)に中核市へ移行し、中枢中核都市にも指定されている。

市長

現在の市長は内田康宏(2024年10月21日就任、通算3期目)。戦前の市長は市会の推薦によって内務大臣が任命する官選で、1947年(昭和22年)の竹内京治から公選となった。

代 氏名 就任 退任 備考
1 千賀又市 1916年10月14日 1918年7月12日 在職中に死去
2〜4 本多敏樹 1918年12月17日 1930年12月5日
5 小野庄造 1930年12月12日 1931年12月8日 辞職
6 小瀧喜七郎 1933年1月16日 1935年11月23日 辞職
7〜9 菅野経三郎 1935年12月23日 1946年11月1日 辞職
10〜12 竹内京治 1947年4月5日 1959年4月29日
13〜15 太田光二 1959年5月2日 1971年5月1日
16〜18 内田喜久 1971年5月2日 1980年6月30日 辞職
19〜23 中根鎭夫 1980年8月17日 2000年8月16日
24〜26 柴田紘一 2000年9月10日 2012年10月4日
27〜28 内田康宏 2012年10月21日 2020年10月20日
29 中根康浩 2020年10月21日 2024年10月20日
30 内田康宏 2024年10月21日 (現職)

最長は中根鎭夫の5期20年(1980〜2000年)。内田康宏は2020年にいったん退任し、2024年に返り咲いた。

市議会

議員定数は37人で、現在の議員は2024年(令和6年)10月の選挙で選ばれた。議長は荻野秀範、副議長は畑尻宣長(いずれも2025年11月14日就任し、慣例により会派を離脱している)。会派別の構成と所属議員は次の通り(2025年11月14日現在、岡崎市議会公式名簿による)。

  • 自民清風会(16人):野々山雄一郎、磯部亮次、酒井正一、前田麗子、神谷茂樹、加藤史朗、加藤義幸、金山直樹、杉浦久直、鈴木静男、田口正夫、中根武彦、野本篤、蜂須賀一郎、三浦康宏、簗瀬太
  • 民政クラブ(8人):柴田敏光、原紀彦、井町圭孝、加藤嘉哉、鈴木英樹、白井正樹、佐藤哲朗、瀬戸清太郎
  • 公明党(3人):野島さつき、土谷直樹、山村栄
  • チャレンジ岡崎(3人):杉山智騎、小田高之、福田澄代
  • 無所属(7人):荻野秀範(議長)、畑尻宣長(副議長)、伊藤正義、大原昌幸、鈴木雅子、中根善明、本多勝

市のシンボル

  • 市章(1962年4月1日制定):外まわりに竜の爪が宝珠をつかんだ形を配し、その中に「岡」の字を図案化したもの
  • 市の木:みかわくろまつ(1971年12月21日選定。市民の投票で決まったもので、西三河に多いクロマツをたたえた名)
  • 市の花:ふじ(1970年6月2日選定。岡崎城公園の「五万石ふじ」が有名)/さくら(2016年7月1日、市制施行100周年を機に追加。岡崎城公園は「さくらの名所100選」に選ばれている)
  • 市の鳥:ハクセキレイ(1975年3月27日選定。おもに水辺で暮らす鳥で、矢作川や乙川でよく姿を見ることができる)
  • 市歌:北原白秋作詞、山田耕筰作曲

姉妹都市・友好都市

  • ウッデバラ市(スウェーデン王国ヴェストラ・イェータランド県):1968年9月17日に姉妹都市提携。花崗岩の産地という共通点が縁となった
  • ニューポートビーチ市(アメリカ合衆国カリフォルニア州):1984年11月27日に姉妹都市提携
  • 呼和浩特市(中華人民共和国・内モンゴル自治区):友好都市

産業

中京工業地帯の一角にあり、三菱自動車工業やアイシン(トヨタグループ)をはじめ自動車関連の工場が集まっている。マキタなど、市内に本社を置く企業も多い(市内の主な企業は岡崎市の企業を参照)。

伝統産業では、岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の八丁町で作られてきた八丁味噌(カクキュー、合資会社八丁味噌)が全国に知られる。ほかに石製品(「石都岡崎」)、花火、三河仏壇などが知られる。平野部では稲作を中心とする農業が、市域の約6割を占める森林では林業も営まれている。

交通

鉄道は3路線・16駅がある。JR東海道本線の岡崎駅、名鉄名古屋本線の東岡崎駅などが玄関口で、市街の中心部に近いのは東岡崎駅、岡崎駅は中心部からやや離れた場所にある。豊田市方面へは愛知環状鉄道線が結んでいる。

道路は、東名高速道路の岡崎インターチェンジと新東名高速道路の岡崎東インターチェンジがあり、国道1号が東西に、国道248号と国道473号が南北に通る。

教育・研究

明大寺地区には、大学共同利用機関法人・自然科学研究機構の分子科学研究所、基礎生物学研究所、生理学研究所があり、研究学園都市の一面を持つ。市内の大学・学校については岡崎の大学一覧、岡崎の小学校一覧、岡崎の中学校一覧、岡崎の高等学校一覧を参照。

観光・文化

岡崎城と岡崎城公園を中心に、大樹寺、滝山寺、六所神社、伊賀八幡宮、真福寺、真宮遺跡などの史跡・寺社が市内各地にある。施設では岡崎市美術博物館、岡崎中央総合公園、東公園などがある。

祭りや行事では、春の家康公行列、夏の岡崎城下家康公夏まつり花火大会、菅生神社の菅生祭などが知られる(年間の行事は岡崎市の年中行事を参照)。

主な記事

思い出・証言(未検証)

この欄は、利用者の思い出・証言をもとに書かれています。 書籍・新聞・公式資料による裏付けは取れていません。事実として引用する際はご注意ください。裏付けとなる資料をご存じの方は、出典への追加をお願いします。
  • 市の移り変わりについての記憶を募集しています(昔の市街地の様子、合併前の額田町のことなど)。

未解決・情報募集

  • 町名の変遷(住居表示の実施史)
  • 2025年(令和7年)国勢調査の確定値が出たら、人口の推移の表に反映する

出典